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ごあいさつ

森長可

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

久々のブログ更新ですが、夏の甲子園で慶応高校が優勝したり、阪神にマジックが出たり、いろいろありましたね。
最近毎週楽しみにしているのが大河ドラマの「どうする家康」です。
小牧長久手の戦いは、合戦の中身をもう少し見たかったですが、家康の人生全体を考えると尺的に致し方ないとは思います。戦いの両陣営の描き方は見ごたえがありましたね。

そこで、義理の父である池田恒興と三河中入りをしたのが、「森長可(もりながよし)」で、城田さんが演じていましたね。
織田軍きっての猛将で、弟は信長の小姓として有名な森蘭丸です。

森蘭丸は、小姓としてイケメン美少年に描かれることが多いですが、長可は「鬼武蔵」の異名で恐れられた猛将でした。

特に、武田氏を滅ぼした甲州攻めでの活躍はすさまじいものがあったようで、織田軍の先鋒として武田方の城を次々攻略しました。
あまりに暴れまわったため、敵の血で腰から下が真っ赤になり、それを見た織田信忠が「おい、ひどいケガだぞ!?」と、驚いたと言われています(「鬼武蔵」と呼ばれるのも納得です)。

その活躍の結果、長可は、信濃北部を領有することになりましたが、数か月後本能寺の変が起こり、大混乱となります(河尻秀隆が甲斐の一揆で死亡するなど)。
長可も旧武田領内(信濃北部)で孤立することになりますが、元武田家の家臣・木曽義昌(当時織田方の武将となっていました)の城を襲撃、義昌の息子を人質にして、自分の旧領地(美濃・兼山城)に戻ったといいます。

これだけ豪快な長可ですが、遺言では意外な内容を記載しています。
父は森可成(よりなり)で、この父も兄も戦死しています。弟も4人のうち3人が本能寺で亡くなってしまいます。

そのためか、長可の遺言に「娘は町人と結婚させろ、医者とかがいいな」と書いています。武士の嫁になんかなっても、いいことなんてないと思っていたのかもしれないですね。

「鬼武蔵」は、小牧長久手の戦いの前に遺言を残して戦場に向かっています。
あれだけの行動は、それだけの覚悟があってのことなんでしょうね。戦死したときも眉間に銃弾を浴びており、敵に突進したのではないかなと勝手に推測しています。その勇猛さを城田さんはよく演じてくれました。

大河ドラマは、今後秀吉時代をどう生き抜くか、が描かれますが、また楽しみにしたいと思います。

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