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ごあいさつ

2016 7月一覧

当法律事務所の「お盆期間の営業」について

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

当事務所のお盆の営業ですが、8月11日~15日夏季休暇とさせていただきます。16日から通常営業の予定です。

よろしくお願い致します。

採用後にてんかんと判明した社員が、社用車運転中に発作になり物損事故を起こした場合の会社の責任

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

さて、採用後にてんかんと判明した社員が、運転中に発作になり事故を起こした場合、会社は責任を負うでしょうか。
物損の場合、会社は民法715条の使用者責任を負う可能性があります。

交通事故等の不法行為においては、責任能力がない場合には賠償責任が否定されますが、責任能力を欠く状態を招いた点につき、その人に故意又は過失があれば、賠償責任は肯定されます。
したがって、体調が悪いのに運転をしたり、当日に服薬を忘れたために発作が起こり、事故になってしまったという場合は、運転者本人の賠償責任は認められることになります。

会社本人の責任も同様です。
運転を任せる従業員の方については、当日の体調管理も含めて、しっかりしておかないと、多額の賠償責任、重大な社会的責任を追及されることにもなりかねません。
会社が従業員に自動車の使用を許可する場合は、それ自体でかなりのリスクとなりますので、任意保険に入るのは必須だと思います。

最高裁判所より「非常勤裁判官」として採用されました(米田聖志弁護士)

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

平成28年10月1日付で、最高裁判所から「非常勤裁判官」として採用されることになりました。

具体的には、民事調停官といって、週一回名古屋簡易裁判所で民事調停事件を担当し、裁判官として解決のため働くということになります。
責任が重い仕事ですが、精一杯頑張ろうと思います。
(下の写真をクリックすると拡大されます)

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※ 平成28年10月1日、正式に辞令をいただきました(2016.10.10日記)

伊達政宗

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

私は、戦国時代の小説が好きで、戦国ファンです。
なかでも一番好きなのが「伊達政宗」。

儒教で、人が常に守るべき5つの項目として五徳というものがあり、武士道の基本ともなっている教えです。

・仁・・・思いやりや優しさ
・義・・・自分の利益にとらわれず正しい行いをして筋を通す事
・礼・・・礼儀作法や相手に対する敬意
・智・・・知識や経験を積み、正しい判断を下すこと。洞察力。
・信・・・人を信頼し、誠実であること

これらは、現代を生きる私たちも心に刻んで実践したいと思う教えですが、伊達政宗は少し違った角度からこの五徳をみています。伊達政宗は、自分の経験を踏まえてこの五徳を次のように表現しています。

・仁に過ぎれば弱くなる(相手を思いやり、優しくすぎれば自分が弱くなってしまう)
・義に過ぎれば固くなる(筋を通そうと正しい行いばかり囚われては融通がきかなくなり、柔軟な対応ができない)
・礼に過ぎれば諂い(へつらい)となる(礼儀正しさが過ぎれば、嫌味となり失礼である)
・智に過ぎれば嘘をつく(知識や経験が増え利口になると嘘をつくようになる)
・信に過ぎれば損をする(他人を信じすぎれば損をしてしまう)

結局は、何事もバランスが大事。
法律事務所に相談に来られる方のなかには、本当に人柄が素晴らしいと思う人がいるんですが、やはり人を信頼しすぎたり、かわいそうと思って手助けした結果騙されてしまったりしてしまう人もいます(振込め詐欺の被害者のご老人等)。

やはり世の中バランスが大事。ただ、それはすごい難しいことです(学校では五徳のような考えは教わりますが、どうバランスをとっていくかということは教わりません。)。
自分を客観視できてこそバランスを語れると思っています。そして、人は人から学ぶと思います。人との出会いでいろいろなことを学びます。

人との出会いを生かすためには、自分も相応に磨いておかねば相手にされません。その意味で人間一生勉強だと思います。
弁護士は、依頼者の方に学ぶことも多いですし、事件後顧問契約を締結して継続的なパートナーになった会社もあります。やはりうちの事務所を選んでいただいたのもひとつの縁であり、ひとつひとつの案件に全力であたり依頼者の最大限の利益を目指す、それが大事だなぁと思ったりします。

今川焼

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

私は、昔から大判焼とか今川焼というあんこの入った焼菓子が好きなのですが、今川焼って何故「今川」焼というのでしょうか。
昔友達は、「戦国時代の今川義元」が作ったから、等適当なことを言っていましたが、違います。

このお菓子ができたのは、戦国時代ではなく江戸末期です。
東京神田の今川橋付近で売り出されたところから、今川焼とネーミングされました。
その後、赤穂浪士の討入りにちなんで「義士焼」、祭りの季節には「太鼓焼」、大正初期にはスミスというアメリカ人が来日し、飛行機の曲芸をみせたことにあやかって、「スミス焼」と呼ばれました。
この菓子が、飛行機が宙返りするように、ひっくり返して焼かれるところからのネーミングだったそうです。

さて、おやつに今川焼が食べたくなりました。

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