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ごあいさつ

2020 6月一覧

あおり運転厳罰化の改正道路交通法施行

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

本日、ようやくあおり運転の厳罰化あおり運転の厳罰化あおり運転の厳罰化を盛り込んだ改正道路交通法が施行されます。
罰則は最高で5年以下の懲役または100万円以下の罰金、免許は即取り消しで再取得できない欠格期間は最大3年。
7月2日には危険運転の適用範囲を拡大した改正自動車運転処罰法も施行されます。

東名高速道路のあおり運転で夫婦が亡くなった事例や、昨年の常磐道のM被告のBMWでのあおり運転の事例は、記憶に新しく、取り返しのつかない結果にもなりうることから、この改正はようやくといった感があります。
改正道交法では、あおり運転を「妨害運転」と規定し、他の車の通行を妨げる目的での逆走、急ブレーキ、車間距離不保持、急な車線変更など10行為を対象としており、妨害運転が明確に法律に明記され、「しらなかった」では済まされなくなります。

警察として立件には「通行を妨害する意思」の立証が不可欠で、警察はドライブレコーダーなどの客観的な証拠の収集、関係者の供述による裏付け捜査を強化する必要があることは変わらないですが、ドライブレコーダーも増えていますし、今後あおり運転が減ることが予想されます。
というのも、飲酒運転が厳罰化されてから飲酒運転がかなり減っており、同じような効果が期待されます(居酒屋経営者やスナック経営者の自己破産を担当する場合は、必ずと言っていいほど、「飲酒運転の厳罰化で客足が減った」という話がでてきます)。

あとは、ドライブレコーダーが正常に作動する状態かの確認を、車検か何かでできるようになれば、いいですね(作動していなかった、という話は、以外に多い)。
「自分が正しい」と思い込んでいる「あおり運転」が、厳罰化で減少するか、という意見もあるようです。
(たしかに飲酒運転は「自分が正しい」と思い込んでいるわけではないので、違いはあるような気もします)
しばらくどんな影響があるか注視ですね。

時速40キロで・・・

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

最近、裁判所の期日が再開したので、担当している裁判に行ってきました。
その後、次の期日まで時間があったので、刑事裁判を傍聴してみることにしました。

交通事故で(酔って路上で寝ていた)人を轢いて死亡させてしまったという事案でした。
(時速40㎞とそれほど速度は出ていなかったのですが、脇見をしていたようで、道路で寝ていた被害者に気づかずに乗り上げてしまったといった事件でした)

傍聴席は、三密回避の対策で、「×」印の席もあったなか、けっこうな人が傍聴されていて、被害者の遺族も傍聴にきておられましたし、加害者の親族も情状証人のために出廷したり傍聴したりしていました。
(マスコミや保険会社の社員もいたように思います)

被害者側の遺族も辛いお気持ちであることは当然ですが、加害者側の遺族の立場もみていて辛いですね(加害者側遺族が事故をしたわけではないのですが、被害者遺族から厳しい視線を感じたりします)。
通夜に加害者側家族が参列したことについて、(連絡なく来たことについて)「神経を逆撫でする」という表現がありました。
参列しなかったらしなかったで、何か言われていた可能性もあり、加害者側としても対応が難しいですね。
(連絡をしたうえで、参列するか決定する、というのがベターなやり方だとは思いますが)

自分が修習生のときに傍聴した裁判でも、被害者が横断歩道のない道路を横断しようとし、雨で気づくのが遅れた運転手が礫過して死亡させてしまった事案(事件当時の速度時速50㎞)がありました。被害者にも落ち度がある事案でしたが、運転手は通夜に参列しても隅の方でボーっと立っていたと責められていました(若者でなかなか対応は難しかったと思います)。

大切な家族が亡くなったのだから、そういうふうに思うのも理解できます。
やはり車は凶器ということをしっかりと自覚しなければいけませんね。時速50㎞でも人は死ぬ、ということを肝に銘じてきたつもりでしたが、今回は時速40㎞という比較的低速度でも死亡事故が起きるということに緊張感が走りましたし、ショックでもありました。

車が凶器だということを心にとめて、安全運転を心がけたいと思います。
地方都市だと車の運転は必須ですし、その分気を付けなければいけないですね。

弁護士法人の破産

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

弁護士法人としては過去最大の倒産、法律事務所として過去最大の倒産というニュースがあり、何人かから「弁護士が破産するなんてどういうこと?」といった問い合わせを受けました。

この事務所は、2012年(平成24年)4月設立の法律事務所。個人向けでは債務整理、離婚・家庭内問題、交通事故、労働問題、不動産問題、B型肝炎給付金請求など、法人向けでは一般企業法務、事業再生・倒産といった案件を手掛けていたようで、特に債務整理、過払金返還請求、B型肝炎関連などを手がけていた弁護士事務所のようです。

この事務所には、複数の弁護士が所属し、過払金返還請求・借金問題の出張無料相談会を開催することで実績を重ねていたようです(東京の事務所が地方都市の公民館などで無料出張相談を行うといったチラシをよく目にした記憶があります。特に過払い金請求訴訟や、B型肝炎給付金請求訴訟に関しては積極的な広告展開を行い、弁護士法人として一定の知名度を有していたようですし、相当な広告費がかかっていたと推測します)。

急激に規模を拡大していましたが、2020年6月10日、総社員の同意により解散していた、とのこと。会費の未納が発生していたことで、第一東京弁護士会から破産を申し立てられていたことで、今回のニュースにつながりました。負債は、約51億円で、どんな負債があるのかかなり疑問です(高額な報酬などで依頼者に損害を与えていなければいいですが、聞こえてくる情報によるとかなり被害者がいるみたいですね)。

この事務所の名前は弁護士法人東京ミネルヴァ法律事務所(TDB企業コード:686006787、東京都港区新橋2-12-17、清算人川島浩氏)で、6月24日に東京地裁より破産手続き開始決定を受け、破産管財人は岩崎晃弁護士(東京都中央区八丁堀4-1-3、岩崎・本山法律事務所、電話03-6222-7233)のようです。

弁護士人口の急増により、法律事務所も経営が厳しくなっているのは事実だと思いますが、依頼者の方は、どこの事務所に相談するかでかなり結果が変わってきてしまうと思います。この東京ミネルヴァ法律事務所に相談した人は、お金を払ったまま放置されていることになることが推測され、不安になっている人も多いかと思います。

当事務所も、選ばれる事務所になるのは当然として、これまでどおり安定経営を続け、しっかり仕事をすることで依頼者の皆さんに「安心」を提供しないといけませんね。今までもこれからも。

三好長慶

こんにちは。
NHKの歴史秘話ヒストリアで、今日、「信長より20年早かった男 最初の“天下人”三好長慶」という内容を放送するらしいですね。

「長慶は、実は織田信長をも先駆けるセンスの持ち主だった」を主題とし、若き日の忍耐、3人の弟たちと巡らせた大戦略、足利将軍家からの自立により、戦国時代の日本において、中央をおさえ、信長よりも先に最初の「天下人」となった男の知られざる生涯を描いた、とのこと。

三好家は、信長により駆逐されていきますが、本能寺の変の「四国説」は、信長が長宗我部元親より三好家(水軍に魅力?)を重視した結果、阿波を一部返還せよという流れになり、元親は到底受け入れることはできず・・・織田と長宗我部を仲介した光秀の面目はなくなっていき・・・という流れでつながっていくとは思います。

三好長慶のことは全然詳しくなかったので、見てみたたいですね。
若き日の忍耐とか3人の弟たちと巡らせた大戦略とか、楽しみなので今日は早く帰ろうと思います。

(追記)
10分遅れで見ることができましたが、面白かったですね。
あの時代一目置かれていたということで、存在感はすごかったということがわかりました。
長慶が短命(享年43)だったのと、三好家が分裂したことで、衰退していったということですね。

麒麟がくる

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

昨夜の大河ドラマは、まだ「麒麟がくる」ではなくて、「国盗り物語」でした。
先週は、大好きな独眼竜政宗で、けっこう興奮しましたが、今回も国盗り物語ということで非常に興味深い回でした。

一通り見ましたが、今世間でイメージされている「信長」の元となったのが、この国盗り物語なんだなと思いました。
(信長の絶対王政的な強い感じを髙橋英樹氏がうまく演じられていました)
本能寺の変も「怨恨説」で描かれていましたね(今までは怨恨説が通説的な扱いだったと思います)。

あれから研究も進み、現在本能寺の変の有力な説として「四国説」がけっこう有力な説とされているようです。
(「所ジャパン」というテレビ番組で磯田先生が話していました)

四国説というのは、長宗我部元親と関係の深い光秀が、信長の四国征伐を回避するために信長を討ったというもの。

1575年以降、長宗我部元親と信長は友好関係にあり、「元親記」によると、元親は信長から「四国は切り取り次第(=自力で土地を奪い取る)、所領として良い」という内容の朱印状までもらったとされていました。
1580年頃には光秀が元親と信長の交渉窓口であったとされていましたが、翌1581年に状況は一変します。
三好氏を巡る処遇の変化によって、「切り取り次第」という方針は撤回され、元親に阿波の占領地半分を返還するよう迫ったわけです。

元親はこれを不服としたようです(朱印状の件が史実ならば当然だと思います)。
これをきっかけとして、信長は四国征伐を考えるようになったとされ、このことが光秀を謀反に駆り立てたという説です。

確かに、このころちょうど丹羽長秀と織田信孝が大阪で四国征伐の軍勢を集めていましたし、四国征伐にいく前に謀反を起こしたというのもありえそうです(四国説を裏付ける元親の手紙などが最近出てきているみたいですし、光秀と元親の妻が遠い親戚だったということが信ぴょう性を増しているように思います)。
国盗り物語もよかったですが、「麒麟がくる」の方が光秀オンリーに焦点を当てているので、より見ごたえがあります。

早く再開して欲しいですね。

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