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ごあいさつ

2017 11月一覧

産業スパイについて3

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

今回は、2007年3月に起こった《デンソー産業スパイ事件》について、書きます。

この事件は、中国国籍の元社員Aによる「社内技術情報の持ち出し事件」で、《産業スパイ》に対して日本の企業かいかに無防備で、日本の法律がいかに無力かを示した事件のひとつです。

一言でいうと、戦後からこの頃(2007年というと、つい最近ですね)まで、産業レベルでいかにわが国が「スパイ天国」だったかを示す事件です。
外国人がわが国で<産業スパイ行為>をしても、企業の表沙汰になったり、捕まったりすることが殆どなかったからです。日本で具体的な《産業スパイ事件》が表面化し始めたのは、やっと2007年頃からなのです。

愛知県警の調べによると、A容疑者は同社所有のノートパソコン(以下、PC)に社内のデータベースから「電子設計図」約13万件のデータをダウンロード。2007年2月5日、会社に無断で社有のノートPCを持ち帰ったといいます。
Aは、自宅で私物PCに接続し、データをコピーしたとされます。Aは、逮捕後、捜査員に対し「PCは持ち帰ったが、複製はしていない」などと話したそうです。

ダウンロードされたのは、産業用ロボットや各種のセンサー、ディーゼル燃料の噴射装置など約1,700種類の「電子設計図」で、そのうち約280種類は同社の「最高機密」にあたるものだったとの由。
Aが会社でダウンロードしたデータは、2006年6~8月は各1件、9月は25件、10月に約1万件、11月から急増して11万9,436件、12月に約4,438件にのぼり、異動前の3ヵ月間で計13万4,686件ものデータを駆け込みでダウンロードしていたのです。

何故この期間に集中したのかといえば、元々、A容疑者は重要データにアクセスできるIDとパスワードを持っていたのですが、2007年1月にはアクセス権のない部署に異動することが決まっていたからです。

A容疑者とはどんな人物だったかでしょうか?
愛知県警によると、Aは、1986年に中国の大学を卒業後、ミサイルやロケットを開発・製造する中国国営の旧「中国航天工業総公司」に就職。1990年に来日し、日本の工学系大学を卒業後、民間企業に入社。
2001年12月にデンソーに転職、2007年1月から材料技術部係長職として潤滑や金属摩耗の解析に携わっていたそうです。また、Aは社外活動として会社に無断で、2005年10月設立の、日本の自動車関連企業に所属する中国籍のエンジニアや留学生らが作った団体「在日華人汽車工程師協会」(以下、Z会と称す)の副会長も務めていました。

Z会は、会員の中国企業への好待遇での就職や起業などを目的とし、中国の自動車関連企業から資金援助を受けており、会員に対して同会の活動が勤務先に知られないよう指示していました。
Z会の総会が東京の中国大使館で開かれていたり、中国の企業・地方政府・関係学会などの訪日団があると、都内のホテルや中国大使館で懇親会を開いたりしていたことなどから、同会には《産業スバイ》を巡って中国という“国家の影”が垣間見えると言えるでしょう。

A容疑者の逮捕を受けてデンソーは、「事態を深刻に受け止め、取引先など関係者に迷惑をかけたことを深くお詫びする。情報管理を見直し、厳重な管理を行うように徹底していきたい」とコメントしています。

しかし、このような経歴をもつ中国籍の人物を簡単に入社させただけでなく、社内の<秘密情報>にアクセスできる職務に就かせていたことは、まことに「ずさんな情報管理体制」だったと非難されても仕方がありません。
さらに、A容疑者を逮捕するに至った経緯も実にお粗末でした。2007年1月、デンソーでは設計図面の社内データベースシステムでエラーが多発。
原因を分析したところ、2006年11月から12月までの間に、大量の設計図データを、Aが同システムからダウンロードしていたことが分かりました。

調査を担当した同社社員が、2007年2月14日、Aから事情を聞いたところ、データを入れた社有PCを無断で社外に持ち出していたことが判明。
そこで社員が刈谷市内のAの住むマンションに行き、社有PCと私有PCの提出を求めたところ、Aは「ちょっと待って」と言って、社員を部屋の外で1時間近く待たせた後、社員に社有PCと私用PCを提出。
提出された私有PCを社員が会社に持ち帰って調べたところ、内蔵ハードディスク(以下、HDD)は千枚通しのような物で切り刻まれ、データは破壊されていたと言います。

Aが社員を外で待たせていた間にHDDをPC本体から取り出し、破壊したうえで元に戻したと思われます。デンソーの社内調査で、Aの社有PCには、外付携帯型HDDなどに接続した記録があることが判明したため、同社は愛知県警に相談しました。

いかにも悪質な産業スパイですね。
愛知県警がどう動いたのか、については次回また書きます。

産業スパイについて2

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

産業スパイの続きについて、書きます。

鉄鋼の世界でも産業スパイ事件がありました。
これは、2008年10月のことですが、実は1990年前後から新日鉄で、一部技術者の退職時に《重要技術情報の不正持ち出し》が行われ、韓国鉄鋼メーカー「ポスコ」に、その技術情報〔法律用語としては<営業秘密>〕が流されていた、という事件です。
2008年10月に偶然、韓国の大邱高等法院において、別の事件がきっかけで発覚しました。

別の事件とは、ポスコの元従業員だった被告人イ・ソクジュが電磁鋼板に関するポスコの〔営業秘密〕を中国の鉄鋼メーカーに50億ウォン(約5億円)で売り渡したとして、「懲役3年(執行猶予5年)」の有罪判決を受けたのですが、審議中に 「ポスコが私に盗まれたと主張している<秘密情報>は、元々、ポスコが日本の新日鉄から新日鉄のOB技術者を介して盗み出したものだ」として、イ被告人が無罪を主張した事件です。

まったく呆れかえるような事件ですが、これが事実だったことは、新日鉄の綿密な内部調査で後々になって判明します。
ところで新日鉄とポスコは、長年、提携関係にありました。太平洋戦争後、韓国政府が『日韓基本条約』に基づく日本の経済協力資金で一貫製鉄所を作ることを決断し、八幡製鉄、富士製鉄(いずれも現在の新日鉄住金)、日本鋼管(現在のJFEエンジニアリング)の技術協力で生まれたのが「浦項総合製鉄」(1973年、第1期工事が完成)、つまり今の「ポスコ」です。
新日鉄社長を務めた故・稲山 嘉寛氏の尽力に、ポスコの実質的な創業者、故・朴泰悛(パク・テジュン)名誉会長も深い恩義を感じていたと言われています。

2000年には新日鉄の千速社長(当時)がポスコとの<相互出資>など戦略的提携を決断し、2006年にはインド資本から出発した、欧州のライバル鉄鋼会社アルセロール・ミタルによる敵対的買収の脅威に備えて<株の持ち合いを拡充>しています。
それでも、新日鉄が《秘密盗用》疑惑でポスコを訴えたのは、2010年前後を境に両社の関係が「協調」から「競争」に変わったからだと考えられます。

粗鋼生産でいえば、両社はともに年間3,000万トンを超えて互角。新日鉄からみれば、2000年以降のポスコの追い上げはすさまじく、ある種の疑念が膨らんでいたといいます。
その疑念が、イ・ソクジュのもたらした技術漏洩に関する情報提供や内部調査によって確信に変わり、2012年4月、新日鉄は韓国ポスコや新日鉄の元技術者を相手取収って『不正競争防止法』などに違反したとして東京地裁に提訴したのです。

新日鉄側の訴えによりますと、同社の方向性電磁鋼板に関する情報(=『不正競争防止法』が保護する「営業秘密」に該当)をポスコは新日鉄の元技術者らと共同して盗み出し、その情報に基づき、ポスコは新日鉄の方向性電磁鋼板と同等の品質の製品を製造・販売し、新日鉄に損害を与えたというものです。
なお、韓国の高裁で2008年10月に表沙汰になってから日本で「民事訴訟」を起こすまで3年半かかっています。そして「和解」したのが2015年9月末。つい、2年前のことです。

「和解」の内容としては、a.ポスコが新日鉄住金に300億円を支払い、b.相互の国内外での訴訟合戦を取り下げ、さらに c.ポスコが今後、方向性電磁鋼板の製造販売に関する「ライセンス料」を新日鉄住金に支払うこと、また d.ポスコ製同鋼板の販売地域を限定する、ことで同意した模様だと報道されています。

これは「民事事件」として“実質勝利”ですが、「刑事事件」としては事件の発生から時間が経ちすぎて立件できなかったという点に問題があります。日本企業が抱える「重要情報管理体制のあり方」という点でも、またわが国政府による「《産業スバイ》をめぐる法整備」と「国民や企業に対する技術の重要性と反《産業スパイ》啓発活動の展開」という2点から検討する必要があるでしょう。

日弁連野球全国大会優勝!!

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

先週、京都で日弁連野球の全国大会があり、なんと名古屋チームが優勝しました(単独優勝は史上初)。
準々決勝は、元甲子園球児も在籍する熊本、準決勝は全国レベルの選手が多数在籍する強豪大阪、決勝は37回中25回くらい優勝している東京と戦い、なんとか勝つことができました。
(決勝は、延長11回までいき、1-0で勝利)

自分は、普段はこのレベルの試合には出れないのですが、いろいろなことが重なって出れることになり、安打も打つことができました(名古屋7本中の安打のうち1本が自分です)。
毎週土曜日練習しており、なかなか単独優勝ができなかったこともあり、現実に優勝したことを今でも信じられません。

やはり一番うれしかったのは、チームで守備練習をがんばってきて、本番でノーエラーでできたことです。地道に練習したことの結果が出ると嬉しいですね。

産業スパイについて

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

先月(10月)20日の各社新聞に《本県豊川市にある切削工具製造大手「オーエスジー(OSG)」(東証1部上場)から「主力製品の設計図」などを不正に持ち出したとして、愛知県警が10月19曰、同社元社員の花見和敏・容疑者(62)を『不正競争防止法』違反〔営業秘密の領得〕容疑で逮捕した》との記事が掲載されていました。

花見容疑者(以下、Hと称す)の逮捕容疑は、今年1~2月に社有パソコンを使って製品情報などが保存されたOSGのサーバーに複数回アクセスし、複数の製品工作図などのデータを私有のハードディスク(以下、HDD)にコピーし、外部に持ち出したことです。
Hは、かつてOSGの研究部に所属したことのある、同僚だった中国人の男(以下、Cと称す)にデータを渡したことを認め、「退職後に将来、自分がコンサルタントなどをした際、Cから仕事を回してもらえると考えた」旨の供述をしているとされています。
Cは、OSG退社後、中国に帰国し、OSGと競合する企業で働いているとされます。
愛知県警によると、花見容疑者が持ち出した「製品設計データ」などは、加工性と耐久性に優れるタップに関するもので、製品を実際に複製できるほど詳細だったそうです。県警は、男が勤める中国の競合企業でOSGの技術を活用しようとした疑いもあるとみて調べを進め、10月20日、Hを身柄送検したことが報道されています。

何故こんなに早く容疑者を逮捕、送検できたかということが気になりますね。
Hが会社サーバーにアクセスしたのが今年1~2月ですから、逮捕に至るまで1年も経っていません。早期逮捕には、(ア)21世紀に入ってからのわが国における《スバイ事件》に関する法規制の進展と、(イ)被害を被った会社OSGに「不正は許さない。自社の営業秘密を守ろう」とする強い意思があったからだと考えられます。

最近の相談でも、産業スパイのような相談もたまにあります(独立開業含む)。
これからの企業経営では、この情報管理についてもう少し厳格に考えていく必要がありそうです。
(当事務所の顧問先会社については、事務所報などで対応策をお伝えしています)

詳しくは、また次回以降書いていくつもりです。

裁判員裁判について2

こんにちは。
豊田シティ法律事務所の弁護士米田聖志です。

最近の新聞で裁判員ら死刑にしたが、内容は、正直、よくわからなかったという記事がありました。

これは、結婚相談所で知り合った高齢男性と結婚や交際を繰り返して遺産を相続し、「後妻業」の言葉を社会に広く認知させた事件で、筧千佐子被告(70)が京都府向日市などの男性4人に青酸化合物を服用させたとされる連続殺人事件です。
この事件は7日、京都地裁で判決が言い渡されました。

記事をみると、「青酸を用いた犯行手口から、証人尋問などで化学の専門用語が飛び交った。『理解が追いつかず質問も浮かばなかった。素人にも分かりやすい言葉で説明してほしかった』と言及した。被告の認知症については『病状の判断に関して複数の証人が必要だったかもしれない』『認知症の専門家が公判を傍聴し、意見を聞く機会があれば判断は変わっていた可能性もある』などの声が上がった。裁判では裁判員の負担軽減のため法廷に提出される証拠が絞られた。しかし、『被告の通帳も出てこず、借金がいくらあったのか最後まで分からず疑問が残った』『審理時間が掛かっても出せる証拠は全て出してもらい、判断したかった』と述べた。」などと書いてあり、裁判員裁判の悪い面が出ていると思います。

私も、最近裁判員裁判を終えましたが、本番の裁判まで公判前整理手続という準備を何回もやり、証拠を数を絞ったうえで整理したうえで本番を迎えます。
本番のスケジュールが第一で、証拠調べに時間がかかると判断されれば、証拠請求しないこともけっこうありました。
裁判員裁判は司法に民意を反映させるということが重要視され、証拠に基づいて真実をできるだけ追及するという部分は疎かになっている部分があると感じました。

上記事件でも、弁護側が控訴した点について、「私たちが考えた上での判決でやりきった感がある。控訴審ではプロの判断を仰ぎたい」と裁判員のコメントがありました。
控訴審ではプロの判断を仰ぎたい、という文言は、少し気になりますね。

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